国内救援課

赤十字の国内活動

赤十字病院は、様々な国内法で災害救護を義務づけられた特殊な病院です。他の病院と異なり、災害発生時には都道府県知事等の要請でただちに出動する義務があり、そのために院内で救護班の編成など、常に体制を整えています。

災害時における日赤の活動は、以下の通り法律で定められています。

まず日本赤十字社法という、昭和27年に制定された法律の中で、日赤は「非常災害時又は伝染病流行時において、救護を行なう」と定められています。また、災害救助法には、日赤の救助への協力義務が書かれており、政府は日赤に救助に関して様々な団体の連絡調整を行なわせることができると定めています。

さらに、昭和23年に厚生大臣と日赤社長の間で協定が結ばれ、医療、助産、死体の処理の委託、及び救護班の編成などが決められています。災害対策基本法や大規模地震特別措置法でも、日赤は指定公共機関として防災計画の作成が義務づけられています。

当院の活動

資機材の管理

(1)ロジスティクスセンター

当院では災害専用の倉庫(ロジスティクスセンター)を保有し、資機材の管理を行っています。ロジスティクスセンターには災害優先電話、インターネットLAN、衛星電話、発電機を備えており、救援物資や災害時の飲料水、食糧、医療資機材などを備蓄しています。

通信手段として、日赤は災害等専用の業務用無線の電波を割り当てられています。救援部では60台の無線機と10台の衛星電話をすぐに使える状態で常に充電しています。救援部には災害優先電話、無線基地局も配備しています。無線基地局は防災センターにも設置しています。

発電機、蓄電池、簡易ベッド、助産セット(屋外で出産可能な機材一式が入ったトランク)、毛布、備蓄水等々、様々な資機材を倉庫に置いて定期的にチェックしています。
こういった平時からの地道な作業が、迅速な対応につながっています。

また常時100名前後の救護員を登録しており、365日24時間いつでも携帯メールで招集し、出動できる体制を作っています。救護員は、平時においても各種研修や訓練に参加し、災害に備えています。ロジスティクスセンターには救護員全員の個人ロッカーが設置されており、また災害時専用の緊急車両が常駐され速やかな出動を可能にしています。

ロジスティクスセンターには計画的に災害用の医療資機材と薬品が整備されています。救護班用に医療資機材一式として超急性期医療セット(2セット)、急性期医療セット(2セット)を常に整備しており、急な出動、あるいは当院が被災して急に被災者を受入れなければならなくなった場合に最初の医療資機材として使用します。

(2)国内型緊急対応ユニット(dERU)

国内型緊急対応ユニット(dERU)は、国内災害発生時に医療チームが即応できるよう、全国に19基配備されています。

dERUとは、現地で仮設診療所を運営するために必要なテントや医療資機材一式、またこれらの資機材をコンテナに搭載したトラック及び訓練された要員の総称です。

当院のdERUは東日本大震災以前から計画的に拡張し、現在ではレントゲン室、手術室、ICU、病棟、事務所、要員の宿泊棟なども整備し、全国に配備されているdERUの中で唯一病院を設営できるホスピタルdERUです。

(3)物品の維持・管理

膨大な医療資機材や医薬品、医療消耗品などを、常に期限切れや滅菌切れのないように維持、管理することはそう簡単なことではありません。ロジスティクスセンターにあるすべての物品の品数は5万点を越えます。

当部署では独自のデータベースソフトを作成し、期限切れが発生しないように管理しています。また、医療品の卸や医薬品メーカーと協定を結び、災害発生時などの非常事態でも、物流が滞らずに安定的に供給される体制をとっています。

東日本大震災での救援活動

平成23年3月11日に発生した東日本大震災では、発災直後からdERUと共に医師、看護師など15名からなる救護班を宮城県に派遣、県庁前に仮設診療所を展開し、3月末まで無休で24時間診療を続けました。また、その後岩手県山田町の避難所に救護所を開設し、ここを拠点として周囲の村落の避難所の巡回診療を行いました。5月下旬の撤収までに16救護班98名を派遣し2,255名の被災者の診療を行いました。
石巻赤十字病院、岩手県大槌町の老人保健施設、岩手県宮古市などへも医療職の他、介護福祉士、こころのケア要員などのべ41名の職員を継続的に派遣し、支援を行いました。

熊本地震での救援活動

平成28年4月16日に発災した熊本地震には、当日、マイクロバス1台とトラック3台にホスピタルdERUの資機材と18名の職員を乗せて南阿蘇村に派遣し、外来棟、レントゲン室、手術室を展開しました。展開後1週間は24時間診療を行い、その後も約1か月にわたって診療を行い、1,000名以上の被災者の方々を治療しました。発災10日ごろから、長引く避難所生活から大人も子供もストレスを溜めつつあることがはっきりと分かるようになり、おもちゃを入れたテントを追加で設営して「キッズルーム」と名付けた子供用の遊び場を提供しました。活動期間中、当院から計84名、医師、看護師、薬剤師、放射線技師、検査技師、理学療法士、臨床心理士、臨床工学技士、事務職員と様々な職種が派遣され、現地のニーズに応えるよう努めました。

大阪北部地震

平成30年6月18日に発生した大阪北部地震では、当院もエレベーターが停止するほか、医療機器にも若干の被害が出るとともに、職員も2割は定時に到着できないという事態となりました。一方、大阪府庁に災害対策本部が設営されたために、職員2名を本部に派遣、茨木市から避難所巡回の要請が日赤にあったため、同日から5日間、医療チームを派遣し、非難されている方々の健康チェックやアドバイス、また避難所の衛生状況のチェックや改善を行いました。今回は、周りの医療機関がほぼ通常診療を行っていたため、東日本大震災や熊本地震の時のようにdERUは出さず、最も簡素な医療セットと職員をマイクロバスで派遣しました。
大阪府の災害対策本部にも5日間、毎日2名の職員を派遣し、他機関との連携、調整を行いました。本災害には、災害対策本部派遣要員も含めて、のべ43名の本院職員を派遣しました。詳細は、「国内派遣報告」のページをご覧ください。

平成30年7月豪雨

平成30年7月西日本を中心に甚大な被害を及ぼした豪雨災害では、7月12日から救護班を派遣しました。この災害では、当初dERUを展開するという案もありましたが、最終的にはそれだけのスペースの確保が難しそうであることと、地震ではなく、建物被害がないため、学校の保健室などが使用可能であるということから、大阪北部地震に引き続き、最も簡素な医療セットと職員をマイクロバスで派遣、岡山県で一番被害の大きかった真備町で、被災者の方々の診察を行いました。7月24日まで、本院職員のべ17名を各3泊4日で派遣しています。

G20大阪サミット

令和元年6月、大阪でG20が開催されることとなり、来日する各国要人および関係者のため、府下で各種の医療体制がとられました。そのうちのひとつとして、会場で不測の事態が発生した場合に備えて、会場横に緊急手術ができる医療施設を配備することとなり、厚労省の依頼を受けて、当院の国内型フィールドホスピタル(ホスピタルdERU)を展開することとなりました。会期の前後1日ずつを含めて4日間、サミット会場の道路を隔てた向かい側に、初療室、レントゲン、手術室、ICU、滅菌室と宿舎、オフィスを設営し、待機しました。平時の展開では多くの手続きが伴い、災害対応とはまた違った苦労がありました。
詳細は「国内派遣報告」のページをご覧ください。

全景 初療室

新型コロナウイルス感染症ダイアモンドプリンセス号医療支援

令和2年2月、横浜市大黒ふ頭に停泊中のクルーズ船で新型コロナウイルスの集団感染が発生、厚労省からの要請で4名からなる医療チーム1チームを3日間派遣しました。日赤として国内での感染症対応で救護班を出すのは初めてのことでした。また、船内という閉鎖空間、国内救護であるにも関わらず、対象者の半数以上は外国人という異例の救護となりました。詳細は「国内派遣報告」のページをご覧ください。

大黒ふ頭に停泊するクルーズ船

大阪が被災した時に備えて

上町断層直下型地震や南海トラフなど、近い将来に大阪が被災する要因は、いくつもあります。当院が被災した場合、どのように院内の患者さんを守り、地域住民の皆さんを治療するための能力を維持するかは、簡単ではありません。災害への備えをどの程度すればよいのか、行政をはじめとして様々な機関が出しているシミュレーションは、被害想定ひとつ取っても千差万別で、普段の診療をしつつ、どれだけの規模の被害に対応すればよいのかが分からないからです。

当院では、毎年10月1日に大阪市消防局、大阪府警察、陸上自衛隊中部方面隊などの防災機関、災害医療協力病院(8施設)、早石病院、聖バルナバ病院など近隣病院などと合同で、半日通常業務をストップ等した全職員が参加する災害訓練を行っています。この訓練では、数百名の模擬被災者が特殊メイクをし、当院職員はもちろん、参加機関である消防、警察等にも全く状況を伏せたまま実際に地震が起こった時と同じ状況で行います。従って、すべての職員が臨機応変にその場その場で動かなければなりません。

しかしながら、ひとつ言えることは、災害とは常に想定外の出来事であり、そのため病院だけが頑張っても持たないということです。病院に限らず、消防や警察等各種防災機関も、大規模災害に備えた人員や資機材を全て確保しているわけではありません。つまり地域の住民の皆様一人ひとりが他人任せにせず、全員で災害に立ち向かうことが減災、防災につながるということです。このため、当院では毎年8月第1日曜日に、小学校高学年(4~6年生)とその保護者の方々を対象に、院内を解放し、無料で災害に対する体験型の防災セミナー「災育」を行っています。詳しくは、こちらをご覧ください。

派遣要員に登録、派遣されるまで

国内救援は、厚生労働大臣と日赤社長との間で、災害救護にすぐに従事できる救護班を編成することが取り決められており、当院では100名以上の救護員を常時準備しています。救護班は24時間対応となっており、ロジスティクスセンター内に個人ロッカーを持ち、常に3日分の日用品とユニフォーム一式を入れています。

第1ステップ 一次登録→救護班編成

国際医療救援部は、毎年4・5月に説明会を開催し、この際に災害救護に興味のある方に一次登録をしてもらっています。かつ国内救護に積極的に参加したいという職員から、職種、職歴や居住地(病院からあまり遠くないこと)などを考慮して選抜しています。任期は2年です。

第2ステップ 各種研修、訓練への参加

災害救護は、普段の診療とは異なる技術や知識が必要になります。それらを習得するため、救護班に選抜された職員は、当院で行なわれる研修会(赤十字救急法、救護員基礎研修会等)や、院外で行なわれる各種災害救護関連の研修に参加してもらいます。また赤十字主催のみならず、自治体等が主催する訓練にも参加し、災害に備えます。

第3ステップ 派遣

発災時に実際に派遣されるかは、当院の場合、国際医療救援部と日赤大阪府支部が連絡をとり、被災地の赤十字支部、日赤本社等より現地の情報を収集して、出動するか否かを決定します。阪神淡路大震災や東日本大震災、熊本地震等のように災害の規模が大きく、長期的支援が必要な場合は、初動班に続いて順次救護班が出動することになります。救護員は、全員メールアドレスを国際医療救援部に登録しており、発災直後に救援部よりアラートメールが一斉に発信されます。救護員は、その時点で病院に何分で来ることができるかを返信し、救援部で集計して初動班を決定します。